脱出王の謎の死とは?「ハリー・フーディーニ」の死に際を解説。
この記事ではハリー・フーディーニの晩年と死に際について解説していきます。
「ハリー・フーディーニ」とは?簡単に説明
日本の脱出王初代「引田天功」氏にも影響を与えた、元祖世界の脱出王かつ奇術師、そしてサイキックハンターと多数の肩書きを持っているのがフーディーニ氏でしょう。
欧米では非常に人気が高く死後も様々な媒体で彼をモチーフにしたキャラクターは登場しています。
その奇術ネタはしばしば1940年代のカトゥーンでも描写されるほど。
また80年代のアメリカ発のRPGの老舗『Wizardry』にも半裸の彼に似せた盗賊をはじめ、近年では『ポケモン』にまで現れるほどです。
「ハリー・フーディーニ」の晩年
1913年に最愛の母「シシリア・ワイズ」氏が逝去。
彼女と霊界通信をするために霊能者を探し求めますが、偽物だらけの現実に絶望してしまうのでした。
これにより一転して“サイキックハンター”としてオカルト・霊能者の闇を暴く事に尽力していきます。
その一方で彼らに接近してネタを暴き、自身の芸として盗んでいったとも後年批判される事になりました。
「ハリー・フーディーニ」の死に様
1926年10月31日、アメリカ・ミシガン州デトロイトで逝去。
52歳没。
死因はびまん性腹膜炎と発表されています。
「ハリー・フーディーニ」の死に様の信憑性
事の発端は10月のハロウィーンのカナダ公演で起こりました。
22日モントリオールプリンセス劇場の楽屋でカナダの超名門大学の学生「ホワイトヘッド」氏と余興を行いました。
それはどんなに強く殴られても痛みを感じないで平然と耐えるネタだったと言います。
しかしそこは素人の大学生。
フーディーニ氏が準備していない段階で殴ってしまったとされ、その後調子を崩す事になってしまいました。
胃を殴らせる予定だったとされ、場所がずれたのも痛手になったのでしょう。
急性虫垂炎を発症すると数日後には虫垂が破裂。
膿が飛び散った事で細菌感染が広範囲に起こり腹膜炎に罹患してしまうのでした。
現代でも虫垂炎の進行から腹膜炎になり重篤化、生命の危険に陥るのはよくある話です。
当然100年ほど前の医療では致死率も高くなるのはやむを得ない事だったのでしょう。
もっとも殴られる前から既往症として虫垂炎だった説もあるため、学生の殴打が死にどの程度直結したかは疑問が多いに残るところです。
まとめ
1926年10月31日、アメリカ・ミシガン州デトロイトの病院にて死去。
52歳没。
死因はびまん性腹膜炎だとされています。
10日程前にカナダ・モントリオールでハロウィーン興行に参加。
事件は舞台ではなく楽屋で起こり、大学生に腹部を強く殴らせて自身は平然と耐える余興をした時にアクシデント発生。
準備前に殴られた事から急性虫垂炎を発症してしまうのでした。
アメリカに戻り治療を受けるも虫垂が破裂。
現代でも死の危機に陥る危険性のあるびまん性腹膜炎を発症するとあっさり力尽きてしまいました。
学生の殴打から急性虫垂炎を発症した通説には多少無理があるため、元々虫垂炎を患っていたと考えるのが現在では定説になりつつあります。