米国ではありふれた死の1つ「ジャニス・ジョプリン」の散り際とは?
この記事ではジャニス・ジョプリンの晩年と散り際について解説していきます。
「ジャニス・ジョプリン」とは?簡単に説明
ロック界の伝説ともいえる歌姫かつ初の女性スーパースターといえる存在です。
『ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー』のボーカルとして鮮烈な全米デビューを飾ったのち、ソロシンガーとして活躍。
その後は『フル・ティルト・ブギー』を結成しています。
スーパースターでありながら、実像は繊細であり、常に孤独感に苛まれていたとされ、薬・酒・異性・ロッカーの三種の神器に溺れ、それが原因で非業の死を遂げました。
「ジャニス・ジョプリン」の晩年
『フル・ティルト・ブギー』の結成は彼女に充実した生活をもたらすかに思えました。
また休暇中に恋に落ちた青年「デビッド」氏との関係は彼女の精神を安定させ、ヘロイン中毒から一時抜け出していたと言われます。
しかし彼はアフリカへ旅立ち別離。
酒、薬、男に溺れる日々に逆戻りしていくことになりました。
また1970年の8月の最後のテレビ出演で故郷テキサスへ凱旋。
インタビューで見せた過度の明るさ、そして保守的で嫌な想い出のある故郷への辛辣な言葉から情緒不安定な様子が散見されることになりました。
「ジャニス・ジョプリン」の死に様
1970年10月4日に常宿にしていたしていたハリウッドの「ランドマーク・モーター・ホテル」の自室でベッド横の床に倒れこんだ姿で発見されました。
27歳没。
ハイティーン時代から麻薬に取り付かれており、依存性の高いヘロインの過剰摂取が死因と見られています。
「ジャニス・ジョプリン」の死に様の信憑性
早逝したことで伝説のロックスター化したのは否めません。
しかし他の多くのレジェンド同様に彼女をモデルにした映画や伝記ドラマが作られています。
74年の『Janis』79年『The Rose』2015年『Janis little girl blue』などで彼女の抱えていた悩みや死に様は映像化して見ることができるはずです。
幼少期から人とうまく馴染めず、常に孤独感に苛まれており、さらには自身がインタビューで愛に飢えていることを告白するなど、スーパースター、歌姫の実像は繊細で孤独な女性だったと言えるでしょう。
それを打ち消すために薬に奔ったとされます。
数週間前に「ジミ・ヘンドリックス」氏が逝去した時と同様に根底には麻薬と酒があり、その死は衝撃を与えた一方で薬物が蔓延している米国社会を如実に示していると言えるでしょう。
前年に亡くなった「ブライアン・ジョーンズ」翌年に亡くなることになる「ジム・モリソン」氏とロックスターが27歳で亡くなる現象が続き『The 27 Club』として都市伝説家することになりました。
まとめ
1970年10月4日の夕、ハリウッドの宿泊先で死亡しているのが確認されました。
27歳没。
死因はヘロインの過剰摂取によるものでした。
数週間前に「ジミ・ヘンドリックス」氏も薬物摂取が原因で亡くなっており、立て続けにロック界のスターが薬物中毒死。
ロック=薬、酒は定着、翌年の「ジム・モリソン」氏の死亡でそれはより加速していきます。
その若すぎる死から伝説の歌姫として、取り上げられ70年代から現在に至るまで多くのドキュメンタリーや伝記映画が作られ、彼女の死は映像で具体的に知ることができるでしょう。