大仁田厚を一括した政治家の散り際とは?
この記事では「浜田幸一」の晩年と最期について解説します。
「浜田幸一」とは?簡単に説明
存命時には行動、文言ともに誰もが破天荒な政治家だと感じていたのがハマコーの愛称で知られる「浜田幸一」氏でしょう。
起こした事件の数々は物議を醸した物も多く「田中角栄」「福田赳夫」「三木武夫」諸氏に著書で「権力亡者は死ね」と言い放つなど“ハマコー語録”は拾い切れないほどでした。
格上の政治家に噛みつくのはもとより「大仁田厚」「アントニオ猪木」氏といったタレント議員にまで容赦なく一喝。
金権政治家と批判を受けることも多かったですが、政治に対する熱量をこれだけ持った議員は今後もなかなか出てこないと言えるでしょう。
「浜田幸一」の晩年
政界を引退したのは失語症の傾向があるとの理由でしたが、まるでなかった様にテレビ番組では鋭く激しい喋りを見せていました。
『ビートたけしのTVタックル』では父「田中角栄」氏に続いて娘「田中眞紀子」氏も滅多ぎり。
また議員時代に『11PM』や『トゥナイト』。
一部から低俗と評価される番組に登場していましたが、政界引退後はバラエティの『笑っていいとも』や「八千草薫」氏と共演したドラマにも出演。
ツイッターやブログも開設と多岐に渡って露出を増やしてきました。
その一方で2010年には評価額2億2千万円の株を無断で売却し、千葉県警に背任容疑で逮捕される大騒動を引き起こしてもいます。
「浜田幸一」の死に様
2012年8月5日6時10分に千葉県富津市の自宅で逝去しています。
死因は急性心不全によるものでした。
83歳没。
「浜田幸一」の死に様の信憑性
死因の急性心不全は別として、認知症が進み、訴訟能力に疑問が生じるとの理由で背任罪の公判は停止されることとなりました。
しかし逮捕される3日前までツイッターのアカウントを開設し更新。
ツイッターを辞める理由をはじめ、新たなものを作り出したい意欲をインタビューで語っており、9月には著書も出版したことで病状に対して疑念を持つ人の数は少なくありませんでした。
また具体的な病状が公表されず、現況が知らされなかったのもそれに拍車をかけていたと言っていいでしょう。
まとめ
「浜田幸一」は2012年8月5日6時10分に千葉県富津市の自宅で息を引き取りました。
死因は急性心不全とされますが、詳細は公表されていません。
83歳没。
晩年は借金の担保として預かっていた2億2000万の株券を勝手に売却。
これにより千葉県警から背任容疑で逮捕されます。
しかし逮捕後認知症の進行により公判は停止することとなりました。
晩年の10年1月からツイッターを開設しており、逮捕の3日前まで更新を続いています。
最後のツイートは「熱帯夜、熱帯魚、熱帯雨林、渡り廊下走り隊」という謎のメッセージを残しました。
「帯帯帯隊」が4つてタイ4(フォー)を暗示していると分析したフォロワーも当時いましたが、真意は不明のままです。
また認知症を患って以降の生活はほとんど公表されることはありませんでした。