死因はオムライス!?
内田裕也の散り際とは?
この記事では内田裕也の晩年と最期について解説します。
「内田裕也」とは?簡単に説明
妻が「樹木希林」氏、娘の嫁が「本木雅弘」としても有名。
ひじょうに話題に事欠かせない人物であり、破天荒な事件を多々起こしており、東京都知事選挙に出馬した際の政見放送は語り草だと言っていいでしょう。
「シェキナベイベー」が決まり文句として認知され、後年には「指原莉乃」とシングル曲を発売しています。
トラブルメーカーや問題発言も多く、特に晩年のストーカー事件については夕刊紙や女性週刊誌の格好の餌となり、晩節を汚したのは間違いないでしょう。
「内田裕也」の晩年
2011年のストーカー事件は大きな話題となりました。
強要未遂と住居侵入の疑いで逮捕されますが、その前月には警察に呼び出されており、注意も受けていたからです。
そしてこれを契機に「島田陽子」との不倫問題についても大きく過去に遡り取り上げられることとなっています。
14年に30年ぶりのシングル発売で健在をアピールするも、寄る年波には勝てませんでした。
17年夏に都内で転倒し、右足甲を骨折するとともに肋骨にヒビが入り、リハビリを兼ねて一ヶ月入院しますが、秋に公に姿を現した時は車椅子での登場でした。
それから数週間後には脱水症状で入院など、体力の衰えは隠せないものになりました。
「内田裕也」の死に様
2019年3月17日5時33分に永眠しています。
79歳没。
死因は誤嚥性肺炎によるものでした。
肺炎の原発となった、物が飲み込めなくなる、声が出しづらくなった理由については不明です。
「内田裕也」の死に様の信憑性
公表されている死に様については、2018年の年末から体調は優れていなかったとされますが『ニューイヤーロックフェスティバル』には参加し、車椅子から立ちあがって観客を湧かせています。
しかし3月11日に行われた東日本大震災の追悼式には姿を見せることはありませんでした。
16日昼食にオムライスを食べたことが報道されていますが、逆に言えばそれだけ食が落ちていた証明とも言えます。
実のところ喉の調子が悪く、声も出にくくなっており、誤嚥性肺炎で入退院を繰り返していたことが明らかにされています。
経過としては1月15日に誤嚥性肺炎の疑いで治療開始。
それでも快方には至らず。
経口栄養補給できないため衰弱が進行、2月20日には病院へ緊急搬送。
そのまま亡くなるまで入院することとなりました。
好物でもひとくち、ふたくちしか食べれず、さらに衰弱は進んでゆくと17日未明に容態は急変。
永眠しています。
まとめ
「内田裕也」は2019年3月17日5時33分に他界。
79歳没。
死因は誤嚥性肺炎によるものでした。
同年の1月半ばに高熱を出した時に誤嚥性肺炎と診断され、治療を開始。
物が飲み込めない状態になっており、食事が喉を通らないため衰弱が進行。
2月中旬には救急車で緊急搬送され入院することになりました。
好物である肉類や寿司にも、はしが進まない状態が続き衰弱は加速。
17日未明に容態が急変しそのまま永眠しました。
16日昼にオムライス1/3を食べたのが最後の晩餐となったそうです。