「坂口良子」の死に際とは?晩年や最期(死因)など分かりやすく解釈

「坂口良子」の死に際とは?日本の人物

70年代を代表する人気女優の1人、坂口良子の晩年と最期とは?

この記事では坂口良子の晩年から最期までを解説します。

「坂口良子」とは?簡単に説明

1971年にミス・セブンティーンコンテストで優勝、瞬く間にお茶の間の人気者へと彼女はかけ上がって行きます。

フジテレビ放送大映テレビ製作の「アイちゃんが行く!」でドラマ初主演。

その後はホームドラマ全盛期のTBSで人気ドラマ「サインはV」の続編「新・サインはV」で主役を演じ、その人気が高じて同局の「ウルトラマンタロウ」にゲスト出演。

怪獣とバレーで戦う姿を披露しています。

アイドル女優でありながらも演技力もしっかりしていることから「前略おふくろ様」など石井ふく子作品にも多々出演、長く第一線で活躍を続けた女優だと言えるでしょう。



「坂口良子」の晩年

前夫不動産会社社長の田山恒彦から知らぬ間に連帯保証人にされており、総額40億円の借金を背負うも完済。

その後1998年にプロゴルファーで尾崎三兄弟の次男であるジェットこと尾崎健夫と交際を始めます。

しかし事実婚の状態は続きましたが、籍を入れることはありませんでした。

晴れて2012年8月12日に入籍。

周りからは祝福を受けましたが、しかし二人の本当の気持ちに気づいた人はいなかったといえるでしょう。



「坂口良子」の死に様

2013年3月12日発売の女性週刊誌にスクープが掲載されます。

その内容は坂口良子は消化器系の重病を患い都内の病院に入院したこと、痩せほそっても尾崎健夫と寄り添いたかったというものでした。

彼女はこの記事に即反応。

週刊誌発売日の夕方にはオフィシャルブログで入院した経緯について話しています。

12年に腸閉塞を患い、同時期にインフルエンザから肺炎になって体調を崩して静養しており、今後もファンに喜んでもらえる仕事をしていくと表明。

しかし結果的にこのコメントが最後のブログ更新になってしまいました。

それから約2週間後5後にあたる27日午前3時40分横行結腸癌に加え肺炎を併発し永眠、57歳のことでした。

「坂口良子」の死に様の信憑性

自身のオフィシャルブログで説明した内容とは当然ながら食い違っていますが、ある程度は事実だったのでしょう。

結婚してからは尾崎健夫が献身的に看病したとのことでした。

彼女は11年から既に体調を崩しており、「渡る世間は鬼ばかり」の最後の出演時にも激痩せした姿を見せ、関係者からも健康状態を心配されています。

結腸がんの告知を受けてからは残り少ない日々を尾崎健夫と夫婦として生きようと覚悟を決めての結婚でした。

娘・杏里には心配をかけたくなかったとされ、末期がんであることを彼女は亡くなる直前まで知らされず、面会した時には既に口を聞くこともできなかったようです。

まとめ

坂口良子は2011年の半ばから激痩せし、結腸がんの告知を受けました。

余命が残りわずかだと知り、最期は夫婦で同じ墓に入りたいと打ち明け、12年8月にプロゴルファーの尾崎健夫と結婚。

しかし結婚生活は長く続かず翌13年3月27日午前3時40分に亡くなりました。

死因は横行結腸癌に肺炎を併発したためです。

週刊誌のスクープからわずか2週間後のことでした。

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