この記事では、さくらももこの晩年や最期について紹介します。
さくらももことは?
さくらももことは、「ちびまる子ちゃん」の作者として知られる人気漫画家です。
静岡県清水市の出身で、1986年から少女漫画雑誌「りぼん」で「ちびまる子ちゃん」の連載をスタートさせます。
自身の少女時代をモデルとした作品で、テレビアニメ化されたことで爆発的なヒットとなりました。
漫画の累計売上部数は3000万部を超えています。
また、独特の語り口はエッセイでも人気となり、エッセイ集「もものかんづめ」などはミリオンセラーを記録しています。
さくらももこの晩年
さくらももこは晩年も漫画を描き続けていました。
2007年から2011年までは、「ちびまる子ちゃん」を新聞の紙面で連載しています。
また、2014年から2015年にかけては、「さくらももこの世界展」が各地で開催されました。
これはデビュー30周年を記念して企画されたものです。
「ちびまる子ちゃん」はアニメ化され、長寿番組となっています。
当初は脚本もさくらももこが手掛けていましたが、途中からアニメの脚本の執筆は別の脚本家に委ねています。
そのため晩年にはアニメの脚本を執筆してはいませんでしたが、たまに脚本を手掛けることもあったようです。
プライベートでは2度の結婚をしていて、2番目の夫はイラストレーターのうんのさしみになります。
最初の結婚で授かった長男と絵本エッセイを出版したこともありました。
さくらももこの死に様
さくらももこは乳がんを患っており、闘病生活は10年に及びました。
乳がんと判明したのは2011年で、様々な葛藤を抱えながら漫画の執筆に取り組みました。
そして、2018年乳がんのため53歳で亡くなります。
家族に看取られながらの死でした。
さくらももこの死に様の信憑性
さくらももこは自身が乳がんであることを公表してはいませんでした。
そのため亡くなったというニュースが伝えられた時は大きな衝撃でした。
乳がんと診断されたのは東日本大震災が起きる直前だったといいます。
震災後、ちびまる子の主人公であるまる子が、涙を浮かべながら「きっと大丈夫だよね。
日本も」という漫画が掲載されました。
自分自身のことを重ねていたのかもしれません。
まとめ
さくらももこは晩年も漫画の執筆に取り組みますが、乳がんを発症し闘病生活も送っていました。
そして53歳で亡くなってしまいます。