この記事では、「梓みちよ」の晩年や最期を分かりやすく説明します。
「梓みちよ」とは?
「梓みちよ」とは、「こんにちは赤ちゃん」のヒット曲で知られる歌手です。
ポップスや歌謡曲、シャンソン、ジャズなど幅広いジャンルの曲を歌っています。
デビューしたのは1962年で、その翌年には「こんにちは赤ちゃん」が大ヒットし日本レコード大賞を受賞しました。
NHKの紅白歌合戦にも何度も出演しています。
1971年から1978年にかけては「新婚さんいらっしゃい!」のアシスタントも務めています。
「梓みちよ」の晩年
「梓みちよ」は晩年も歌手としての活動を積極的に行っていました。
自分の持ち歌だけではなく、良い歌は何でも歌っていきたいと幅広いジャンルの曲を歌っています。
また、「梓みちよ」の最大のヒット曲といえば「こんにちは赤ちゃん」ですが、長く歌うことはありませんでした。
自らこの曲を封印し、コンサートでも何十年と歌うことはなかったのです。
自分にとって重いと感じていたことがその理由と言われています。
しかし、アメリカで日系人の前でこの歌を歌ったことが、その封印を解くきっかけとなりました。
涙を流して喜んでいる人々を前に、この歌の素晴らしさに気付いたといいます。
その後は、ステージに立った時には必ず歌うようになりました。
この歌は一番の宝物だから大切にしようと40年かかって思えるようになったと本人が語っています。
ディナーショー等も開催していましたが、最晩年は杖をつくことも多くなり音楽番組への出演は少なくなっていました。
「梓みちよ」の死に様
「梓みちよ」は、2020年1月に自宅おいて急死しました。
出演す1る番組の打ち合わせをするためにマネージャーが自宅を訪れたところ、倒れているのを発見したのです。
死因は心不全でした。
享年76です。
「梓みちよ」の死に様の信憑性
「梓みちよ」が亡くなった際には、発見したマネージャーが警察に通報しています。
そのため警察が駆け付け、その場で死亡を確認しました。
直前まで元気に活動していたので、周囲の人も驚いたといいます。
「梓みちよ」は若い頃に結婚したことはありますが、スピード離婚しています。
再婚はせずに子供もいなかったため、一人暮らしをしていました。
まとめ
「梓みちよ」は晩年も歌手として活動しており、最大のヒット曲である「こんにちは赤ちゃん」をステージで歌っていました。
そして76歳の時に心不全を起こし、自宅で亡くなっています。