ジェームズ・ボンド、世界で最も偉大なスコットランド人と呼ばれた「ショーン・コネリー」の晩年と死に際を解説。
「ショーン・コネリー」とは?簡単に説明
「ショーン・コネリー」といえば世界的大ヒット作品として知られる007(ダブルオーセブン)シリーズで主人公の「ジェームズ・ボンド」役を務めており、世界中で彼の名前を知らない人はいないでしょう。
スーパースターではありますがブリティッシュ・ドリームを体現した人物です。
義務教育を終えた後の最初の仕事は牛乳配達だったのは有名な話でしょう。
また母国スコットランドを愛しており、独立運動にも尽力していました。
「ショーン・コネリー」の晩年
2006年に俳優業を引退宣言したもののその後も幾つかのオファーがあったとされています。
2007年『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』続いて2010年『007 スカイフォール』への出演の噂が出たものの実現せずに終わりました。
『ロード・オブ・ザ・リング』の「ガンドルフ」や『マトリックス』の「アーキテクト」役のオファーもありましたが、その概念が理解できずに断っています。
バハマで悠々自適な生活を送る一方でスコットランドに忠誠を誓い、独立運動を支持し参加しています。
2014年の「スコットランド独立住民投票」ではかつてない程に賛否が均衡。
このため独立の暁には自宅をバハマからスコットランドに戻すことも明言しています。
その一方で傘寿を過ぎた頃から肉体的な衰えに加えて認知症を患い悩まされる事になりました。
「ショーン・コネリー」の死に様
晩年はイギリス連邦の加盟国であるバハマに自宅を構え住んでいました。
2020年10月31日午前1時半に亡くなっており、TMZが入手した診断書によれば肺炎、老衰、心房細動による呼吸不全が直接の死因だと発表されています。
10月に入り体調を崩すと回復の兆候が見られなかったため、既にバハマまで来る事が可能な家族は全員集まっており、その時を迎えました 。
90歳没。
「ショーン・コネリー」とサッカー
若かりし頃のマンチェスターユナイテッドに誘われるも加入を断念した経験から、晩年はサッカーへの情熱に力を注ぎました。
現スコティッシュ・プレミアリーグの名門『グラスゴー・レンジャーズ』の熱狂的サポーターなのは有名な話。
チームの会長であった「デビッド・エドワード・マレー」と知り合いであり、その縁で一時期レンジャーズの取締役を務めています。
イタリア代表の「ジェンナーロ・ガットゥーゾ」やアルジェリア代表かつリーグアンのオリンピック・マルセイユでキャプテンを務めた「ブライム・アムダニ」との契約交渉では自らが説得に乗り出した逸話があります。
まとめ
ショーン・コネリーは2020年10月31日午前1時半に自宅のあるバハマでその生涯を閉じています。
90歳没で死因は肺炎、老衰、心房細動による呼吸不全とされ、眠るように息を引き取ったと伝えられました。
晩年は役者を引退し、亡くなるまでの数十年を英国連邦の1つバハマで過ごしています。
2008年の自伝『Being a Scot(スコットランド人であること)を発表した際にはスコットランドが完全に独立するまでバハマで生活する事を明言。
しかしその願いは叶えられることはありませんでした。