「L・M・モンゴメリ」の死に際とは?晩年や最期(死因)など分かりやすく解釈

「L・M・モンゴメリ」の死に際とは?世界の人物

誰もが知る名作赤毛のアンの作者「L・M・モンゴメリ」の死に際とは?

この記事ではL・M・モンゴメリの晩年と死に際にについて解説していきます。

「L・M・モンゴメリ」とは?簡単に説明

言わずと知れた『赤毛のアン』の作者として知られています。

元々学校の教科書にも掲載されるほどの有名作でしたが、日曜ゴールデンタイムの世界名作劇場でテレビアニメが放送された事で知らない世代にも知名度があがりました。

アニメからアンシリーズを読み始めた方も多くいるのは間違いありません。

作者の名前モンゴメリ、出身地かつ舞台となったプリンスエドワード島とセントローレンス湾は多くの人の知るところになりました。



「L・M・モンゴメリ」の晩年

売れっ子作家ならではの悩みを抱えていたの、現代の漫画家に通じるところがあったと思われます。

アンシリーズに終止符を討ちたいと思っていたのは間違いありません。

『虹の谷のアン』では子供』『アンの娘リラ』では末娘が主人公を務め、実際にアンと決別できる事に清々しい気分な事を明かしていました。

しかし出版社からの続編の依頼は続き、渋々ながらも1936、1939年と続けてアン・シリーズの作品を書き上げました。



「L・M・モンゴメリ」の死に様

1942年4月24日、カナダ・オンタリオ州トロントで死去。

67歳没。

死因は長らく冠状動脈血栓症とされていました。

しかし『赤毛のアン』出版100周年の2008年に孫娘にあたるケイト氏が睡眠薬の過剰摂取による自殺だったと地元新聞社に語った事で大きな話題を呼んでいます。

「L・M・モンゴメリ」の死に様の信憑性

当時の死亡診断書に正式に書かれているのは冠状動脈血栓症でした。

しかしその実自殺説はケイト氏の証言以前から無かった訳ではありません。

モンゴメリ氏本人の日記を研究した「メアリー・ルビオ」「エリザベス・ウォータストン」両ゲルフ大学教授によって、最晩年の彼女は決して恵まれてはいなかった事が明らかにされているからです。

日本では未出版ですが、カナダ版Amazonでは容易に入手可能。

夫ユーアン氏が抱えていた鬱病が悪化、認知症まで発症するも地域コミュニティでの立場を考えると公言もできずに苦しんでいたそうです。

また『赤毛のアン』はカナダの出版社で軒並み門前払いされ、そのためアメリカで出版したのは有名な話。

それ故にかなり不利な条件で契約が締結されており、これを回復すべく晩年は訴訟問題も抱えていました。

また長男チェスター氏の素行不良や三男スチュアート氏の従軍問題にも頭を悩ませた末に鬱病を患ってしまったようです。

これら諸般の悩みが心労の限界に達して、薬物自殺を敢行したというのが現状有力な死の過程だと言えるでしょう。

まとめ

1942年4月24日、カナダ・オンタリオ州トロントにて逝去。

64歳没。

当時の死亡診断書には冠状動脈血栓症と記載があったもの、2008年に孫娘のケイト氏が睡眠薬の過剰摂取による自殺だったと明かしています。

夫の鬱病や認知症、訴訟問題と晩年は諸般の問題を1人で抱え込み鬱病を発症していたとも思われています。

詳細が書かれた『モンゴメリー日記』最終巻は日本未発売ですが、現在ではカナダ版Amazonで容易に入手可能になりました。

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