「内藤ルネ」の死に際とは?晩年や最期(死因)など分かりやすく解釈

「内藤ルネ」の死に際とは?日本の人物

死後も各地で展覧会が大人気「内藤ルネ」の死に際とは?

この記事では内藤ルネの晩年と死に際について解説していきます。

「内藤ルネ」とは?簡単に説明

日本が世界に誇る“Kawaii”文化の先駆者として有名な一方でミステリアスなシュール性溢れる作品を残したのが内藤氏だと言っていいでしょう。

60年代の古きよき時代のアメリカを感じさせる「スカラップカット・プードル」

70年代、パンダのカンカンとランランが来日する2年前に世間を席巻した「ルネパンダ」は現代にも通じるキャラクターとなっています。

マルチクリエーターの先駆け的な存在として多彩な活動を行っており、各分野でファンも多数。

その証として死後も各地で作品展が開かれ人気です。



「内藤ルネ」の晩年

2005年6月29日、自身初の自伝『内藤ルネ自伝「すべてを失くして 転落のあとに」』内において自身がゲイである事を告白して話題を呼びました。

またその中では人気絶頂期に起きた詐欺事件被害による苦難のエピソードを“転落の日々”として明かしています。

しかし停滞の日々は終わりを迎えつつあったのは言うまでもないでしょう。

2002年に東京都文京区の弥生美術館で開かれた『ルネ回顧展』は弥生美術館の入場者数という形でブームの再来を予見させるものになりました。

同美術館の1984年開館時と並ぶ盛況ぶりを見せてました。

自伝出版直後にはじまった『内藤ルネ初公開コレクション展』も好評の中終幕しています。

人気のベクトルは第1次ブームに匹敵する勢いだったもの好事魔多し。

病に倒れてしまうのでした。



「内藤ルネ」の死に様

2007年10月24日の午前中に静岡県伊豆市修善寺の自宅で逝去。

74歳没。

死因は急性心不全によるものでした。

「内藤ルネ」の死に様の信憑性

ルネ氏が急逝した事は翌日の午前中に報じられる事になりました。

しかし倒れた状況や最期の様子などは未公表のままです。

明かされたのは死亡した事実と本人の生前の意向で葬儀・告別式が行われないことでした。

またお別れの会は後日開催され、マネージャー兼パートナーとして長年ルネ氏を公私に渡って支えてきた「本間真夫」氏が務める事が明かされています。

本間氏は2011年1月に亡くなってしまっており、今後新たなルネ氏の晩年の様子は出てこない可能性が高いと思われます。

しかし2022年10月から光文社のウェブコミックで『BOYS in LOVE 内藤ルネ物語』の連載がスタート。

偶数月にアップされ12話完結の予定です。

このため最期の様子が2024年8月予定の最終回で描かれる可能性があるかもしれません。

まとめ

2007年10月24日午前中、静岡県伊豆市修善寺の自宅で逝去。

74歳没。

死因は急性心不全によるものでした。

詳細は公表されていませんが、公私におけるパートナーの本間氏が最期を看取ったと思われます。

本間氏もまた2011年1月に亡くなっていますので最期の様子が語られる可能性は今後も少ないと言えるでしょう。

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