「ドロレス・オリオーダン」の死に際とは?晩年や最期(死因)など分かりやすく解釈

「ドロレス・オリオーダン」の死に際とは?世界の人物

普通の主婦として生きたかった?

「ドロレス・オリオーダン」の散り際とは?

この記事ではドロレス・オリオーダンの晩年と散り際について解説していきます。

「ドロレス・オリオーダン」とは?簡単に説明

90年代を代表するロックバンドの1つ『クランベリーズ』のリードボーカル。

2003年の解散後は2009年に『クランベリーズ』が再結成するまでソロ活動に専念していました。

アイルランドのバンドといえば『U2』が有名ですが、90年代の全盛期に比類するほどの活躍を見せています。

全世界で売り上げたアルバムは4500万枚以上。

しかし人気バンドなのに加えて、女性リードボーカルとして前面に立ち続ける彼女は精神的疲弊を起こし、注目されるのが苦痛で時に普通の主婦になりたいと語ってもいました。



「ドロレス・オリオーダン」の晩年

かつて普通の主婦でありたかった、目立ちたくないと語っていましたが、その願望とはかけ離れた日常の日々。

それに加えて2014年後半には「ドン・バートン」氏と離婚し、精神的に不安定な状態に陥ることになりました。

14年11月にニューヨークからアイルランドへ向かう飛行機の機内でCAの足首を踏みつけたことが問題になりました。

この事件も手伝って20年間の結婚生活にピリオドをうっています。

翌年自身が双極性障害で機内で躁鬱になったことが事件に繋がったと釈明。

しかし別のエアレイジ事件を起こしたことで批判に晒されることになりました。

精神的な不調に加え、若かりし頃に南フランスのスキー場で負った怪我の後遺症から背中の痛みは慢性化し、ツアーをキャンセルするほどになっていました。



「ドロレス・オリオーダン」の死に様

現地時間2018年1月15日9時16分にロンドンのパークレーンヒルトンホテルの自室バスタブで鼻まで湯に浸かった状態で発見され死亡が確認されました。

14日にレコーディングでロンドンに滞在するためチェックイン。

深夜にルームサービスを頼んだ後、3時に母親と電話をしていた事が明らかにされています。

「ドロレス・オリオーダン」の死に様の信憑性

ドロレス氏は薬物反応こそ処方薬のものでしたが、血中アルコール濃度は英国の運転の法的制限値の4倍を記録していたことが明らかになりました。

血液100ミリリットル中330ミリグラムを記録。

「かつて幸せなのはパブでギネスビールを1杯か2杯飲む時」だと語っていましたが、それを遥かに超過するウイスキーのミニチュアボトル5本とシャンパンを飲み干していたおり、それから入浴したようです。

鼻と口が完全に水に浸かった状態だったとされます。

大量のアルコールを飲んだ理由は不明ですが、2015年に双極性障害で暴行事件を起こしていたのと同時に自身が躁鬱な人間であることを吐露していました。

死因審問では治療が上手くいっていたとされますが、その死になんらかの影響を与えたのは間違いないと言えるでしょう。

まとめ

2018年1月15日9時16分に滞在中のロンドン・パークレンヒルトンホテルの自室バスタブで湯に鼻まで沈み無反応な状態で発見、その後死亡が確認されています。

自室のテーブルには深夜に頼んだルームサービス、ウイスキーのミニチュアボトル5本とシャンパン1本と躁鬱病の治療薬の錠剤の容器が残されていました。

死後彼女の遺体からは英国の運転法制限値の4倍を超える330ミリグラムのアルコールが検出され、酩酊して溺死したと思われます。

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