この記事では、「竹脇無我」の晩年や最期を分かりやすく説明します。
「竹脇無我」とは?
「竹脇無我」とは、時代劇やホームドラマなどで活躍した俳優です。
16歳で映画界に入り、「しかも彼等は行く」で俳優としてデビューしました。
1970年にはテレビドラマ「姿三四郎」で主人公の三四郎役を演じて人気となります。
1972年には映画「人生劇場」に主演しました。
端正な顔立ちの二枚目で、誠実なイメージがあります。
長く愛された時代劇ドラマ「大岡越前」では、榊原伊織役を演じました。
主演の加藤剛とは、亡くなるまで親友でした。
「竹脇無我」の晩年
「竹脇無我」は晩年、うつ病に悩まされていました。
友人を病気で失ったことがきっかけとなり、50歳を前に自殺の衝動に悩まされるようになります。
俳優に関しても誠実で優しいイメージの俳優であったことから理想の夫と呼ばれることもあり、それがプレッシャーになっていたようです。
心療内科を受診しうつ病と診断され、高血圧や糖尿病も発症します。
闘病生活は8年に及びました。
回復して闘病体験を語ったりもしていますが、父と慕う俳優の森繁久彌が亡くなったことで再びうつ病を発症します。
再度、糖尿病と高血圧の症状も出て体調は悪化しました。
「竹脇無我」の死に様
「竹脇無我」は2011年、自宅で倒れ意識不明の状態で病院に搬送されます。
集中治療室で治療が行われましたが、小脳出血を起こし亡くなりました。
享年67です。
翌年の舞台「女たちの忠臣蔵」に出演する予定でしたが、出演することは叶いませんでした。
「竹脇無我」の死に様の信憑性
「竹脇無我」の死因は、小脳出血でした。
脳の中で出血が起きるものですが、糖尿病や高血圧が原因になることも多いといわれています。
また、飲酒や喫煙などの生活習慣も大きく影響します。
「竹脇無我」はうつ病を発症しており、自殺したいという衝動を抑えるためお酒を飲んだり喫煙したりすることが多かったといいます。
そういった生活習慣が、小脳出血につながったと考えられます。
また、プライベートでは2度結婚しており、亡くなる時には2度目の妻だけではなく前妻や前妻との間に生まれた2人の娘も駆け付けました。
家族に見守られながら息を引き取ったのです。
家族は長く続いた闘病のサポートもしていました。
まとめ
「竹脇無我」は晩年、うつ病や糖尿病、高血圧などに悩まされていました。
そして小脳出血を起こし、家族に見守られながら亡くなります。
享年67でした。