「小林由佳」の死に際とは?晩年や最期(死因)など分かりやすく解釈

「小林由佳」の死に際とは?日本の人物

余命宣告を越えたその先に待っていたものとは?この記事では「小林由佳」の晩年と最期を解説します。

「小林由佳」とは?簡単に説明

2022年から10年ほど前に『余命1年の歌手』をテレビやインターネットで見た事を覚えている方も多いのではないでしょうか。

「小林由佳」は生まれついて難病の先天性先天性胆道閉鎖症に罹患。

二十歳の時までは自分の病気について知る由すらありませんでした。

母親から余命を告げられ、自分の夢である歌手を目指すために上京。

自費制作でアルバムを発売した後に体調を崩し、余命1年の宣告を受けてしまいます。

生きる希望を捨てなかった彼女に運命の女神も一度は微笑みかけたのですが、残酷な結末となりました。



「小林由佳」の晩年

2009年6月に医師から余命宣告を受けています。

これは先天性胆道閉鎖症ではなく、それに伴う合併症で肺の状態が悪く、呼吸器障害発症を起こしていることが発覚。

一度は自暴自棄になり自死を選択しようとするも翻意し、命果てるまで歌うことを選びました。

ブログやSNSでの発信は多大な反響を呼びました。

注目のさなか、2010年6月11日にはメジャーデビュー。

そして余命宣告を乗り越えることに成功しています。



「小林由佳」の死に様

突然の訃報が知らされたのはミクシィのオフィシャルサイトでの事務所、そして母親連名の報告によるものです。

2011年9月3日の2時54分に息を引き取ったことが明かされています。

母子生体肝移植が5月半ばに行われ、順調に回復していたものの6月4日に容態が急変。

三カ月の闘病生活の末亡くなっています。

死因は脳室出血と水頭症の合併症、28歳でその命を終えています。

「小林由佳」の死に様の信憑性

自身のアメーバブログの発信は5月24日の母子生体肝移植前日で止まっていますが、それは本人によって告知済。

ミクシィのオフィシャルページで闘病記が記されているため信憑性は高いと言えるでしょう。

肝不全が進行、11年5月9日の緊急入院の理由はそれに伴う発熱によるものでした。

通常ならば生存率80%、肺の状態が悪い彼女の場合は生存率50%の生体肝移植に望む心境も描かれています。

術後の26日には意識が回復、予後の経過は良かったものの常に熱発し、右の肺も動いていない状態が続いていました。

6月4日に脳室で出血、水頭症を合併し、緊急オペが行われると以降は常に危険な状態が続くことになってしまうのでした。

闘病記は現在もオフィシャルページに残されており、過酷な現実と闘病生活を知ることができるでしょう。

まとめ

「小林由佳」は2011年9月3日2時54分に28歳の若さでその命を終えました。

死因は同年6月4日に発症した脳室からの出血と合併した水頭症。

6月9日の時点で目覚める可能性は低いと言われながらも、3ヶ月奮闘。

余命宣告1年よりもはるかに長く生き、命を全うしました。

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