「グラムロック」の代表的アーティストであるマーク・ボランの死因とは?
「マーク・ボラン」とは?簡単に説明
1947年にイングランドの首都ロンドンで生まれたマーク・ボランは、ロックバンド「T・レックス」 のボーカル兼ギタリストでした。
1970年代ごろから流行し始めた音楽「グラムロック」の代表的アーティストとして知られているボランは、T・レックスとしてロックの殿堂入りを果たしているミュージシャンでもあります。
東欧諸国から移住してきたロシアポーランド系のユダヤ人一家に生まれたボランは、双子の姉を持つロックのパイオニアで、1965年にソロデビューを果たしています。
それから2年後の1967年にはアコースティック・デュオである「ティラノザウルス・レックス」を結成して翌年デビューを飾り、彼らの新しいサイケデリックな音楽は一部のファンからカルト的な人気を誇りました。
その後、1970年にはパートナーを代えて「T. Rex」というバンド名に変更し、さらに世界的な人気を集めていきます。
しかしながら、人気絶頂期を迎えていたボランは1977年9月16日、ロンドン郊外のバーンズにおいて自動車事故を起こし、29歳という若さで死亡してしまいます。
「マーク・ボラン」の死に様
1977年9月16日、マーク・ボランはロンドン郊外のバーンズにおいて、内縁の妻であったグロリア・ジョーンズが運転していた車の助手席に乗車している際に、運転を誤った自動車が立木に激突したことにより死亡しています。
事故当時のボランは長年に渡ってヘロインを常用しており、けっして軽くはない中毒状態に陥っていたため、血管はボロボロになっていたと言います。
毎日のように注射器を使ってヘロインを摂取していたため、彼の血管は老人のそれと同じように消耗しきっており、立木に衝突した衝撃によって、そのボロボロだった血管が破裂してしまい、事故後全身血まみれの状態で発見されています。
この自動車事故は、ボランが30歳の誕生日を迎えるわずか2週間前のできごとでした。
「マーク・ボラン」の死に様の信憑性
一時期オカルトに凝っていたマーク・ボランは、生前「成功するために悪魔に魂を売った自分は、30歳まで生きられない」と周囲の人間に話していたと言います。
若い頃にフランスで魔女と一緒に暮らしていたというボランは、その魔女から「若くして成功を収めるあなたは、30歳までに血まみれになって死ぬだろう」と予言されていたとうそぶいていたと言われており、彼は30歳になる誕生日のわずか2週間前にまったく予言通りの状態で亡くなっています。
「マーク・ボラン」の小ネタ等
1977年、自らの名前を冠した「マーク」というTV番組の司会を務めることになったマーク・ボランは、新人からベテランまで様々なミュージシャンたちをゲストに招いて、一緒に演奏していました。
この音楽番組はボランの生前に合計6回分収録されていましたが、第4回の番組を放映した2日後に交通事故を起こして死亡しています。
最終回の収録では、ボランと同じくグラムロックの先駆者として知られるデヴィッド・ボウイと共に、ボウイの楽曲「ヒーローズ」を歌いあげましたが、この収録の1週間後にボランはこの世を去っています。
まとめ
「グラムロック」の先駆者であるマーク・ボランは29歳という太く短い生涯でしたが、「T・レックス」を率いて世界中の音楽ファンを虜にした当時の輝きは今でもファンの目に焼き付いていることでしょう。